第23回神奈川七沢多喜二祭
- 2 日前
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今日は第23回神奈川七沢多喜二祭でした。

3R多喜二の会の皆さんのアコーディオンの伴奏と朗読、浅尾大輔さんによる講演がありました。
私は昨年に続き司会として参加🎤
小林多喜二の『一九二八年三月十五日』と『東倶知安行』を軸に、昭和初期の社会状況と運動の意味、そして現代への問いを重ねて語られる、非常に示唆に富む内容でした。
講演の冒頭で語られたのは、昭和初期という時代の空気でした。
世界恐慌による不況、農村の困窮、失業の増加、労働争議の激化。
その一方で、中国への軍事介入が進み、治安維持法による弾圧が強まり、日本社会は侵略戦争へ向かう危険な時期に入っていきます。
普通選挙法によって選挙権は拡大しましたが、同時に社会主義者や労働運動を取り締まる体制も強化されました。
民主化と抑圧が同時に進むという矛盾の中で、日本社会は大きく揺れていた時代です。
小林多喜二が書いた『一九二八年三月十五日』は、その中で起きた3・15弾圧を描いた作品です。
しかし浅尾さんは、この作品を単なる弾圧の記録として読むのではなく、人間の発見の物語として読むべきだと語りました。
この作品では、労働者や活動家だけでなく、その妻や子どもたちの視点が丁寧に描かれています。
政治理論ではなく、生活の現実の中で、なぜ人は立ち上がるのかが描かれている。
家族は戸惑い、恐れ、苦しみながらも、活動している人が悪い人ではないことを感じ取っていく。
そこには、抽象的な革命ではなく、生活の中から生まれる連帯が描かれています。
浅尾さんは、多喜二がこの作品で労働者を「救われる存在」としてではなく、歴史を切り開く主体として発見したのだと語りました。
そして講演で強調されていたのが、『東倶知安行』とのつながりです。
この二つの作品は別々ではなく、一本の流れとして読むべきだという指摘でした。
『一九二八年三月十五日』が弾圧と人間の発見を描いた作品だとすれば、
『東倶知安行』は、その体験を踏まえて、運動とは何か、組織とは何か、知識人はどう変わるべきかを問い直した作品だという位置づけになります。
『東倶知安行』では、選挙運動や地方での活動、組織内部の議論が描かれます。
そこでは、運動は理想的な人間だけで成り立つものではなく、さまざまな弱さや矛盾を抱えた人間たちが集まり、葛藤しながら前に進んでいく営みとして描かれています。
気の合う仲間だけでできるものではない。
情熱だけでも続かない。
個人的な名誉欲や出世欲が入り込む危険もある。
それでも、人は学び、反省し、組織の中で鍛えられていく。
ここで浅尾さんが何度も強調していた言葉が、
「何代もの運動」
という考え方でした。
運動とは一時の熱情ではなく、一世代で終わるものでもない。
前の世代から受け継がれ、次の世代へ渡されていく長い歴史の営みである。
高徳秋水以来のたたかいがあり、
無名の活動家が支え続けた歴史があり、
その上に若い世代が学び、また次へつないでいく。
自分一人の功績ではなく、歴史の中の一人として生きること。
それが「何代もの運動」という言葉の意味でした。
講演は文学の解説にとどまらず、現代への問題提起へと重なっていきます。
いまの日本社会もまた、軍拡や対外対立があおられ、戦争の準備が進んでいるのではないか。
しかしその重大さが社会全体には十分に共有されていない。
多くの人が普通の日常を送りながら、大きな変化が進んでいる。
多喜二の作品にも同じ場面があります。
重大な弾圧が起きているのに、町はいつも通り動いている。
その無関係さに主人公は衝撃を受ける。
浅尾さんは、その感覚は今も変わらないと語りました。
しかし同時に、無関心だけではないとも言います。
街頭で出会う人、声をかけてくる人、共鳴する人との出会いがある。
人は出会いによって変わり、運動は受け継がれていく。
だからこそ、多喜二の文学は過去ではなく、今に向けられているのだという話でした。
講演を通して最も強く感じたのは、この作品が読者に問いを投げかけているということです。
あなたは苦しんでいる人の側に立てるのか。
無関心の側にとどまるのか。
自分の名誉や保身を超えられるのか。
自分一代ではなく、何代もの運動の中に身を置けるのか。
小林多喜二は、その問いを作品に込めて書いた。
そして浅尾さんは、それを100年後の私たちに手渡しているように感じました。
社会を変える営みは、一人の力では成り立たない。
無数の名もなき人たちが、何代にもわたって受け継いできた努力の上に、今がある。
その歴史の中に、自分はどう立つのか。
今回の講演は、そのことを深く考えさせられる時間でした。



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